福祉の仕事をしていると、折り紙を見かける機会が多くはないけど少なくはなくて
多分、ふつうに働いている人より頻繁に目にしていたと思う。
無印良品の店頭で見かけて手にとったのも、そういう影響が少なからずあって。
いくら文明が発達しても、結局こういう原始的な遊びに返るというのが僕の見解だ。
週に一度のレクでやった書道も楽しいものだった。
僕が通った小学校は田舎町の、全校生徒100人ちょっとの小さな学校だった。
その中でも僕らのクラスは25人(ほぼ毎年転校やらがあって人数はおおよそ)もいるわりと大きめの集団で、色々な友人に囲まれた環境は、いま振り返れば恵まれていたと思う。
先生達も、オーバーウォッチのユニークなヒーロー達のような個性を持つツワモノぞろいだった。一番ぶっ飛んでいたのは小学1、2年生の時の担任の女性教師で、彼女に感謝していることは毎朝のハンカチ・ティッシュの持ち物検査くらいである。あれのおかげで外出時のハンカチの携帯は今も怠らない。
ちなみになにがぶっ飛んでいたかというと、ハンカチ・ティッシュの持ち物検査のついでに排便の有無をチェックされたりした。
そのやり方も道具を使うなんてことはなく、机が隣り合った生徒同士で目を見合い、白目が青ければうんこをしていないというジャッジを下し、それを自己申告する、という地獄のようなものだった。
異性が見ていようとおかまいなし。とんだ人権侵害である。
他にも給食を食べ切らなければ掃除の時間になっても食べさせられたり、罪を犯せば罪の重さに応じて人前でお尻を「自ら」叩かなければならなかった。裁判官はもちろんその女教師で、上告という制度を知らない僕たちに反抗の術はなかった。
小学生の頃得意だったことはこれといってないのだけど、苦手なことでいったらかけ算、そろばん、タイル、折り紙、裁縫、ハードル、平泳ぎ、理科と歴史、こんなところ。読書もできなかったな。
読書に関しては、本をたくさん借りた人に贈られる賞が欲しくて、読まずに返却した本がたくさんある。“あの”ハリーポッターも、3日か一週間で返した。
周りもたぶん気付いていたけど、一度も指摘されることはなかった。そういうものの虚しさからか、成人してからは賞レースとかに興味がなくなったのだけど、それでもゲームのレートに関しては強い執着がある。
折り紙についても、親指くらいの小さな紙でも鶴が折れるくらい、指先が器用な幼馴染がいてね。いてねって言っても別に今も生きてるんだけど。
ああすげえなあと思ってはいるものの、空間認識能力が劣っている自分にはどう頑張っても鶴が折れなかった。
保育園の頃に手裏剣ならアホほど折って作ったけど、小学生の頃にはその作り方もすっかり忘れていた。
まあそんなこともあって、鶴を折れないまま大きくなった自分だったのだけど、先ほどスマホを片手に挑戦してみたところ、残念ながら25歳になっても鶴は折れないままだった。
手元にあるのは鶴のようなもの。
「これが鶴だ!」と強く主張すれば鶴として認めてもらえるだろうか。色々考えていたら悲しくて惨めで泣きそうになってしまって、文字に起こすことで負の感情を昇華しようとした次第である。
とはいえ、これと同じ事は出産の時にも起こりうるのではないか、と思う。
僕が作った鶴は、途中まで確かに鶴なんだけど、みんなが思っているように自立して羽根を伸ばす事ができない。
もし、生まれてくる子が、目が見えなかったり、立てなかったりした時、どうするだろう。それが、他人の子であっても、受け容れる勇気を持っているだろうか。それを区別や差別をせず、社会の一員として迎え入れることができるだろうか。
そういう社会だろうか、今の日本という国は。
残念ながら廃校になってしまった僕の母校だけど、今も帰ると懐かしい気持ちになる。
少年のころ思い描いた未来ではなかったけど、今をもっと充実させて、もっとたくさんの人と関わって、もっと自分の幅を広げていかなければならなあと思う。
心を広くってのは、僕の名前の由来だから。
鶴も折れるようになれればと思っていたけど、別に折れなくてもいい。これが今の僕の鶴だ。
今月中には仕事を見つけられたらいいな。
それくらいの心持ちで生きていきたいよ。
コメント
コメントを投稿